研究概要 |
皮膚創傷治癒の過程は、創傷部の細胞成分、細胞外基質、サイトカインや増殖因子などとの間のダイナミックな相互作用の統合である。再上皮化の過程においても、表皮細胞表面のインテグリン発現と創傷部の細胞外基質蛋白の種類は、細胞接着、細胞移動、細胞増殖および細胞分化を規定する重要な因子である。インテグリンは、細胞接着分子の1ファミリーであり、細胞と細胞外基質、また細胞と細胞との接着を仲介する細胞表面レセプターである。インテグリンは、細胞の接着、移動、増殖などに機能を果たす。急性創部での遊走表皮細胞はα5β1,αVβ5,αVβ6などのインテグリンの発現をup-regulateする.慢性潰瘍部での表皮細胞はどうであろうか。 久保は、慢性皮膚潰瘍創部での再上皮化の遅延の病態を明らかにするために、褥瘡部遊走表皮細胞におけるα5β1インテグリン発現の変化を検索した。また、α5β1発現の変化と遊走表皮の組織学的所見、ラミニン染色所見とを比較検討した。この正常基底膜成分であるラミニンの発現は、急性潰瘍部の再上皮化過程において、遊走表皮の先端部では検出されず、再上皮化過程が進行するに伴って出現してくる。すなわち、再上皮化の進行状況の指標になるものである。慢性潰瘍(褥瘡)6例と急性潰瘍(熱傷、外傷)(コントロール)3例について、α5β1、ラミニンの発現を蛍光抗体法により観察した。無固定新鮮凍結標本を用い、抗ヒトα5、抗ヒトラミニンモノクローナル抗体で染色した。組織学的所見はHE染色標本にて観察した。その結果、急性潰瘍(コントロール)の3例と褥瘡の6例中3例では、遊走表皮細胞のα5β1は陽性であった。褥瘡の3例は、同部でのα5β1発現が陰性であった。α5β1陽性例では、組織学的に遊走表皮先端部が楔状に延長しており、ラミニンは遊走表皮先端部で検出されなかった。これに対し、α5β1陰性例では、3例とも組織学的に遊走表皮先端部の肥厚、鈍化があり、ラミニンは遊走表皮先端部まで検出された。このように、褥瘡の6例中3例においてα5β1発現の陰性化を認めた。α5β1陰性例での組織学的ならびにラミニン染色所見は表皮遊走の遅延を表わしており、α5β1発現の陰性化と表皮遊走の遅延との相関性が考えられた。現在、さらに症例数を増やして検索中である。また、真皮内フィブロネクチンの変化についても調べている。 加えて、ラット急性潰瘍モデルを用いて、遊走表皮細胞でのα5β1発現の経時的変化を観察し、それらの所見とラミニンならびにフィブロネクチン染色所見との相関性を調べた。その結果、以下の点が明らかになった。急性潰瘍部遊走表皮細胞でのα5β1発現は、潰瘍形成後4日目で最高であり、2旧目の創閉鎖に伴い陰性化した。α5β1発現の経時的変化は、ラミニン染色で表わされる表皮遊走所見と統計学的に相関していた。しかし、α5β1発現の経時的変化は真皮内フィブロネクチンとは統計学的に相関していなかった。
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