研究概要 |
平成14年度は,平成13年度にひき続いて,慢性創傷(褥瘡)での再上皮化遅延の病態を明らかにするために,(1)褥瘡部遊走表皮細胞におけるα5β1,αvβ6インテグリン発現の変化を急性創傷(熱傷)(コントロール)でのそれらと比較して検索した。(2)また,α5β1,αvβ6インテグリン発現の変化と,遊走表皮の組織学的所見,ラミニン染色所見とを比較検討した。(3)さらに,リガンドである真皮内フィブロネクチン分布の変化を検索した。急性創傷(熱傷)(コントロール)6例と慢性創傷(褥瘡)11例について,α5β1,αvβ6,ラミニン,フィブロネクチンの発現を蛍光抗体法により観察した。組織学的所見はHE染色標本にて観察した。その結果,熱傷(コントロール)において,遊走表皮先端部のα5β1およびαvβ6発現は全例で強陽性から陽性であった。組織学的に遊走表皮は全例で延長(6例中4例で著明に延長)していた。表皮真皮接合部位でのラミニンは全例で陰性であった。真皮内フィブロネクチンは6例中3例で増加していた。これに対し,褥瘡では,α5β1は11例中8例で,αvβ6は11例中7例で弱陽性ないし陰性であった。組織学的に遊走表皮は中等度から軽度延長,ないしは肥厚,鈍化していた。ラミニンは11例中7例で先端部まで陽性か僅かに染色されなかった。フィブロネクチンは全例で弱陽性ないし陰性であった。加えて,表皮真皮接合部位におけるα5β1陽性部,ラミニン陰性部,フィブロネクチン陽性部の距離の測定結果において,熱傷(コントロール)および褥瘡ともに,α5β1陽性部の距離とラミニン陰性部の距離との間に統計学的に有意の相関性を認めた。しかし,α5β1陽性部の距離とフィブロネクチン陽性部の距離との間には熱傷,褥瘡ともに有意の相関性を認めなかった。結論として,(1)褥瘡部遊走表皮細胞におけるα5β1,αvβ6発現は熱傷(コントロール)と比較して減弱ないし陰性化していた。(2)α5β1,αvβ6発現の減弱ないし陰性化は組織学的所見ならびにラミニン染色所見で表された表皮遊走の遅延と関連していた。α5β1陽性所見とラミニン陰性所見との間には熱傷,褥瘡ともに統計学的に有意の相関性が証明された。(3)リガンドである真皮内フィブロネクチン分布は褥瘡の全例で減少していた。フィブロネクチン分布とα5β1陽性所見との間には熱傷,褥瘡ともに有意の相関性はなかった。以上より,α5β1,αvβ6インテグリン発現の陰性化が褥瘡の再上皮化遅延の要因になっている可能性が考えられた。また,真皮内フィブロネクチンの減少が再上皮化遅延に関与している可能性が推測された。 平成14年度はまた,ラット急性創傷モデルを用いた実験をひき続き行った。今年度は,8週齢(300g)と16週齢(500g)のラットでの創傷治癒過程およびα5β1発現の経時的変化を比較検討した。創閉鎖までの時間は8週齢のラットで著明に短縮した(8週齢:2週間,16週齢:3週間)。α5β1発現の経時的変化は,8週齢ラットでは,16週齢ラットに比べてより早期にその変化が出現した。
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