研究概要 |
歯科用軟性裏装材には可塑剤として種々のフタル酸エステルが用いられている.これらのフタル酸エステルは内分泌攪乱作用が疑われており,軟性裏装材からのフタル酸エステルの溶出動態を明らかとすることは,フタル酸エステルの摂取量を予測するうえで必要不可欠な情報を提供する.このような観点から,各種の疑似口腔液およびヒト唾液中におけるフタル酸エステルの溶出量を高速液体クロマトグラフィーを用いて定量した.材料には市販の材料を単純組成化したモデル軟性裏装材を試作調製した.測定対象のフタル酸エステルはフタル酸ジブチル(DBP),ブチルフタリルグリコール酸ブチル(BPBG),フタル酸ベンジルブチル(BBP)の3種類とし,蒸留水,人工唾液,5%および10%のエタノール溶液,ヒト唾液中での経時的溶出量を測定した.その結果,エタノール溶液中ではいずれのフタル酸エステルも蒸留水中に比べて最大で2倍の溶出量を示した.また人工唾液中でも蒸留水中よりも溶出量が増加した.これらの結果はフタル酸エステルの溶出が浸漬環境によって大きく影響を受けることを示唆しており,これらの溶出動態の結果からフタル酸エステルの摂取量を予測するにはさらに詳細な検討が必要であるとの知見を得た.一方,ヒト唾液中に浸漬した場合は蒸留水中よりも溶出量は少ない結果が得られた.この特異な溶出挙動には唾液中に存在する加水分解酵素の影響が考えられたため,唾液中での分解性試験を行った.ヒト唾液中に100μg/mlのフタル酸エステルを添加し,経時的な濃度変化をモニターしたところ,いずれのフタル酸エステルも24時間以内に分解することが明らかとなった.初期濃度の分解半減期からみると,加水分解速度には明らかにフタル酸エステルの構造依存性が認められ,分子内に芳香環を持つBBPは分解が遅く,逆にエステル結合数が多いBPBGでは比較的早期に分解が進行することがわかった.このことは口腔内に装着された軟性裏装材の中でフタル酸エステルの分解が進行することを示唆していり,分解中間体を含めた分解挙動のモニターの必要性が強く示された.
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