本研究では、齲蝕の予防法の開発を目指して、牛乳中に含まれる齲蝕細菌Streptococcus mutansの歯面付着阻害成分の単離精製を目指した。口腔内で歯面は唾液タンパクから成る獲得被膜で覆われており、齲蝕細菌の歯面付着はこの唾液タンパクを介して生じる。そこで唾液と菌体の相互作用の一つである唾液タンパクによる菌体凝集を指標として、カラムクロマトグラフィー法を用いてこの歯面付着阻害成分を単離精製した。この成分についてSDS電気泳動ウエスタンブロット、N末端アミノ酸分析を行い、既知の牛乳成分との比較を行ったところ、ラクトフェリンであることが認められた。 次にこのラクトフェリンとS. mutansの歯面付着因子である菌体表層タンパク質抗原(PAc)および唾液凝集素との反応を表面プラズモンバイオセンサーを用いて調べた。さらにラクトフェリンのcDNAを得て、PCR法により数種類の遺伝子断片を作製した後、発現ベクターpQE-30に組み込み、同ベクターで大腸菌を形質転換し、各断片成分を発現させた。この断片成分を大量発現させた後Ni-NTAゲルを用いて精製し、菌体凝集抑制に関わる作用を調べ、以下の結果が得られた。 1)ラクトフェリン分子はS. mutansのPAcよりも唾液凝集素に強く結合し、この凝集抑制反応を起こすことが認められた。また、唾液凝集素への結合は、加熱に対しても安定であり、至適pHは4.0であった。 2)ラクトフェリン断片分の中で、唾液によるS. mutans菌体の凝集を起こすのはC末端側半分を含むものであり、さらに断片の細分化を行ったところアミノ酸残基番号473-538を含むものに菌体凝集抑制作用が認められた。 以上の結果から、ウシ乳ラクトフェリンのアミノ酸残基番号473-538相当領域は、S. mutansの歯面付着の抑制に有効であることが示唆された。
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