本研究では、齲蝕の予防法の開発を目指して、牛乳中に含まれる齲蝕細菌Streptococcus mutansの歯面付着阻害成分の単離精製を目指した。口腔内で歯面は唾液タンパクから成る獲得被膜で覆われており、齲蝕細菌の歯面付着はこの唾液タンパクを介して生じる。そこで唾液と菌体の相互作用の一つである唾液タンパクによる菌体凝集を指標として、この阻害成分を単離精製したところ、ラクトフェリンであることが認められた。 次にこのラクトフェリンとS.mutansの歯面付着因子である菌体表層タンパク質抗原(PAc)および唾液凝集素との反応を表面プラズモンバイオセンサーを用いて調べた。さらにラクトフェリンのcDNAを得て、数種類の断片成分を精製し、菌体凝集抑制に関わる作用を調べ、以下の結果が得られた。 1)ラクトフェリン分子はS.mutansのPAcよりも唾液凝集素に強く結合し、この凝集抑制反応を起こすことが認められた。 2)ラクトフェリン断片分子の中で、唾液による菌体の凝集抑制を起こすのはアミノ酸残基番号473-538を含むものであることが認められた。 次にS.mutansの唾液被覆ハイドロキシアパタイトへの付着に及ぼすラクトフェリンの作用を調べ、以下の結果が得られた。 1)ラクトフェリン断片成分の中で、アミノ酸残基番号473-538を含むもののうち比較的長い成分は、S.mutans菌体の付着を抑制した。一方、比較的短い成分は単独では抑制を生じず、ジチオスレイトールの存在下で抑制を生じた 2)最も短い断片成分であるLf411(アミノ酸残基番号473-538)も同様に、ジチオスレイトールの存在下で濃度依存性の菌体付着抑制を示した。 以上の結果から、ウシ乳ラクトフェリンのアミノ酸残基番号473-538相当領域は、S.mutansの歯面付着の抑制に有効であることが示された。
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