ヒトの全遺伝子配列が解明されたのに伴い、遺伝子情報と機能を関連づけるための有効な研究手法の開発がますます必要となってきた。とくに遺伝子異常は難病や発癌の一因とされており、遺伝子配列の正確な認識は診断や治療における次世代の中心的手法となるべきものと期待されている。遺伝子の特定部分に結合し、複製あるいは転写を阻害するアンチジーン法は、理論的には最も直接的で効果的になり得るものと考えられる。核酸誘導体を用いて三本鎖DNAを形成させる手法は幾つかの問題点を抱えており、任意の遺伝子配列の完全認識にまでは至っていない。本研究では、これまでと全く異なる、独自の発想によって新規分子を設計し、一般的配列で三本鎖DNAを形成するための一般法を確立することを目的とした。 すなわち、本研究ではプリン塩基を多く含むDNA鎖によって三本鎖形成を検討した。プリン塩基を利用する利点としては(1)塩基間のスタッキング効果によりより安定な三本鎖DNA形成が望めること、(2)このようなDNA鎖によって形成される三本鎖DNAの構造上の特徴により、設計される認識分子は望ましい結合を取りやすいと予想される、点がある。 我々は、(1)天然塩基ではできないHoogsteen水素結合の形成、(2)スタッキングの連続性の維持、(3)架橋構造によりコンフォーメーションの固定化、の3項目を考慮して認識分子として[3.3.0]ビシクロオクタン骨格を基本とする化合物を設計した。新分子はコンフォーメーションの固定化したビシクロオクタン骨格にベンゼン環と塩基を結合した構造をとっており、その形状からWNA(W-shape nucleoside analog)と命名した。 種々の塩基構造を組み込んだWNA誘導体を合成し、プリン塩基からなるオリゴヌクレオチドに導入後、3本鎖形成能を評価した。その結果、チミンを組み込んだWNA-βTが2本鎖DNAのTA障害部を特異的に認識し安定な3本鎖DNAを形成できることを見出した。さらに、WNA-βCが2本鎖DNAのCG障害部を特異的に認識できることも明らかにした。重要な知見としてWNAは天然塩基よりも大きな安定化効果をもたらすことが分かった。 本研究の結果、従来3本鎖形成にとって障害となっていた塩基対、TAおよびCG塩基対部分でも安定な3本鎖DNAを形成できる人工塩基WNAを開発することができた。
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