人の本態性高血圧の成因にレニン・アンジオテンシン系が関与していることはよく知られているが、実際、レニン・アンジオテンシン系のどこにどんな異常があって高血圧を発症するのかは不明である。すでに、人の本態性高血圧のモデルとされる遺伝的高血圧ラット(SHR)において、視床下部のアンジオテンシン受容体の感受性が亢進していて、この機能亢進がSHRの高血圧をひきおこしていることを明らかにしてきた。本研究は、SHRにおいて、視床下部アンジオテンシンAT1受容体発現がいかなる機序により亢進しているのかを検討することを目的とした。まず、SHRにおける視床下部アンジオテンシン受容体感受性増大はアンジオテンシン受容体遺伝子核酸配列の異常に原因があるのか否かを検討した。その結果、AT1受容体遺伝子発現5'転写調節領域の-1613においてSHRに点変異を認めた。しかし、ルシフェラーゼアッセイの結果、このSHRの核酸配列の異常はAT1受容体遺伝子発現増大には寄与していないことを見い出した。次に、AT1受容体遺伝子の発現に関わる転写調節因子レベルに異常があるのか否かをゲルシフト法を応用して検討した。その結果、AT1受容体遺伝子の発現に関わる転写調節因子のうちSp1とAP2がSHRにおいて増大していることを示唆する証拠を得た。また、Sp1およびAP2の遺伝子結合を遮断する二重鎖核酸化合物をSHRの側脳室へ投与すると、SHRの高血圧が下降した。これらの結果から、SHRにおいて、Sp1とAP2の異常がAT1受容体の発現を増大しひいては高血圧の発症をひきおこしている可能性があると考えられる。SHRにおけるこれらの転写調節因子発現異常の病態生理学的意義を明らかにすることにより、高血圧成因の脳内機序の解明へとつながるであろう。
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