亜鉛はグルタミン酸作動性ニューロンのシナプス小胞に存在し、シナプスでのグルタミン酸による伝達効率を調節する神経伝達調節因子として働くと考えられている。しかしながら、脳神経系における亜鉛の生理作用ならびに脳疾患との関係に関しては十分には明らかにされていない。また、亜鉛以外にマンガン、カドミウムがシナプス小胞に取り込まれて神経伝達物質とともに放出され、シナプス神経伝達に作用することが考えられる。本研究では、亜鉛、マンガン、カドミウム等の遷移金属のシナプスでの動態解析を行い、それらの多彩な作用を生理的な面ならびに毒性面から明らかにする。すなわち、遷移金属がシナプス神経伝達を巧妙に調節し、学習能などの高次機能や行動に影響をおよぼしていること明らかにする。以下に本年度の研究成果概要を述べる。 ラットに低亜鉛食を与えると受動的回避学習能が低下したことから、脳内において低亜鉛食に応答する領域を調べたところ、海馬において亜鉛濃度が有意に低下することが明らかとなった。また、Timm's法によって小胞性亜鉛が減少することが明らかとなり、小胞性亜鉛の減少が学習能の低下の一因であることが示唆された。また、亜鉛は細胞増殖に不可欠であるが、脳内移行が遅いことから、放射性亜鉛(Zn-65)を用いて脳腫瘍の検出を試みたところ、放射性亜鉛によって脳腫瘍が鮮明に面像化され、短半減期放射性亜鉛(Zn-69m)が脳腫瘍の画像診断薬として有用であることが示唆された。 慢性暴露等によってカドミウムが脳細胞外液に移行する可能性があることから、カドミウムの神経毒性を検討した。放射性カドミウムを脳細胞外液に添加したところ、カドミウムはニューロンに取り込まれ、神経伝達物質とともに放出されることが明らかとなった。そこで、カドミウムを脳細胞外液に添加してその作用を調べたところ、興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸、アスパラギン酸の放出が抑制され、抑制性神経伝達物質であるGABA、グリシンの放出が促進された。すなわち、カドミウムはシナプスにおいて興奮-抑制のバランスに悪影響を与えることが示唆された。
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