チオレドキシン還元酵素(TrxR)の3種類のアイソザイムのうち、細胞が種々のストレスに曝されると、TrxR1の発現のみが誘導されることが知られている。本研究では、ストレス応答におけるTrxRの機能を明らかにするために以下の解析を行った。 (1)ストレスによるTrxR1の発現誘導機構の解析 ウシ頸動脈血管内皮細胞(BAEC)をTNF-α、PMA+A23187、Cdで刺激すると、いずれの刺激においてもTrxR1 mRNA量が増加が増加したが、RNA合成阻害剤actinomycin D存在下刺激を行ったところ、これらの刺激のうちTNF-αで刺激した場合にのみTrxR1 mRNAの分解が抑制されていることがわかった。一方、ヒトTrxR1遺伝子の5'-flanking領域をルシフェラーゼ遺伝子に結合し作製したレポタージーンを、BAECに導入した後、細胞を刺激したところ、PMA+A23187、Cdの刺激ではともに転写活性の上昇が観察されたのに対し、TNF-α刺激では転写活性は変化しなかった。以上の結果から、ストレスによるTxR1遺伝子発現誘導には、mRNAの安定化、転写活性の上昇など、刺激の種類によりいくつかの経路が存在することが示された。 (2)TrxR1の過剰発現がストレス応答性転写因子の活性に及ぼす影響 TrxR1の発現誘導がAP-1やNF-κBなどのストレス応答性転写因子の活性化に及ぼす影響を検討するために、種々の転写因子の結合配列をもつプロモーターにレポーター遺伝子としてルシフェラーゼ遺伝子をつないだDNAを用い、レポータージーンアッセイによる解析を行なった。その結果、TrxR1を高発現させると、AP-1やNF-κBを介する転写活性が増強されることがわかった。更に、TrxR1のNF-κBを介する転写活性に対する影響について詳細な検討を行なったところ、TrxR1の活性に必須なセレノシステイン残基をシステインに変異した変異型TrxR1の発現ベクターを導入した場合や、TrxRの阻害剤である金製剤で細胞を処理した場合には、転写活性の増強は観察されなかった。また、TrxR1を過剰発現させても、NF-κBの阻害蛋白質IκBの分解やNF-κBの核移行は変化しないことが明らかとなった。以上の結果から、ストレスによりその発現が誘導されるTrxR1は、その還元酵素としての活性を介し、ストレスにより活性化されるAP-1やNF-κBを更に活性化し、種々のストレス応答性遺伝子の発現に深く関与する可能性が示唆された。
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