慢性疾患患者における健康状態の効用(選好)価値を、ミクロ経済学の選好に関する期待効用理論に基づいたTime Trade-Off法(TTO法)により問題とした。入院中の慢性疾患患者28名を対象に半構成的面接法を用いて、TTO法による健康効用値を測定し、慢性疾患患者は今後生きるかもしれない時間に関して、どのようなときに健康に障害のある時間を健康に障害のない時間と交換したいと思うのか検討した。結果は、次の通りであった。 (1)対象者の67.9%が時間との交換を望み、時間との交換を望んだ者は、65歳以上の患者よりも64歳以下の患者に有意に多かった。(2)ADLが自立し自覚症状のない慢性疾患患者の健康効用(選好)価は、ADLに一部介助が必要で自覚症状のある者より有意に高い値を示した。(3)時間との交換を望んだ患者は、望まない患者より病気による辛い体験の有る者が多かった。これらの結果から、年齢(平均余命)、自覚症状、ADL、病気による辛い体験が健康効用(選好)価に影響を与える要因となることが示された。また、病気による辛い体験の内容は、ADLに一部介助が必要で自覚症状のある患者の場合、自分の好きなことなどができないことであり、ADLの制限や自覚症状のない患者の場合、将来の病状の悪化と生活の不安などあった。このようなことから、ADLに制限があり自覚症状のある患者は、自分の好きなことができた過去の健康な自己像を理想的自己像として現実的自己像を否定的に認知し時間との交換を望むのに対して、ADLが自立し自覚症状のない患者は、一生自己管理を必要とする完治しない慢性疾患であるために未来の自己像が暗く彩られ、現実的自己像が脅かされるため時間との交換を望むと考えられる。以上のことから、健康の効用(選好)価とは、人生において何かを実現するため、その人の健康状態に対する全体的な満足の程度を示すものとされ、慢性疾患患者のHRQLの向上や再構築のためには、理想的自己像と現実的自己像の間の認知的不協和を減少させるように身体的、社会的、心理的な援助を積極的に行う必要があると考えられる。
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