本研究は旧日本陸軍における主に軍事秘密とされた研究の分析を通じて、陸軍科学研究所が発足した1921年から日本敗戦の1945年までの、科学技術研究の実態とその構造の解明を目的としている。 2001年度から03年度までの3年間、主に生物兵器および化学兵器の研究開発の実態を中心にして資料収集および分析を行った。 このうち化学兵器については、陸軍での生産が軌道に乗ると、民間に移して生産させるのが常であり、具体的な例としてはイペリット生産のためのエチレン製造技術が1930年代半ばには民間に移転されたし、さらにシアンの合成の技術も戦後、合成樹脂や合成繊維の製造に寄与しているといった事実が、軍の公文書や特許明細書によって確認できた。陸軍が民間に移転した技術は決して陸軍独自に全て開発したものではなく、諸外国から技術あるいは特許を導入し、それを日本国内で生産技術として実用化したものが中心だった。研究開始当初は軍と民との相互技術移転を想定していたが、軍の文書を見ている限りでは、軍から民への一方的な技術移転が大部分であった。これは戦後の官主導による研究開発組織である研究組合のプロトタイプと見ることが可能かもしれない。 また文献調査上の成果としては、生物兵器開発については、その研究開発の中心だった陸軍軍医学校防疫研究室が発行していた「防疫研究報告第2部」について新たな発見があった。従来は本報告者が既に分析した約100部ほどしかその所在は不明であったが、1号から900号くらいまで刊行されていること、そのうちのほぼ800部についての所在確認を行うことができた。これは今後、分析を続けるが、旧日本軍内部のみならず、戦前の日本の医学研究のありようを明らかにする上で、重要な資料となることは間違いない。
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