運動中の突然死の機序の一つとして古くより冠動脈スパズムによる急性心筋梗塞発症や不整脈が考えられている。その誘因としては消耗性運動による発汗やカテコラミンに誘導された遊離脂肪酸のキレート作用による血清マグネシウム(Mg)の低下が指摘されている。しかし、冠動脈スパズムによる狭心症患者においては血清Mg低下より細胞内Mgの低下がその主因であるとの説が現在では一般的である。本研究は、健常人が消耗性運動において冠動脈スパズムを誘発しうるMg低下をきたすか否かを血清および赤血球において検討した。 方法:サロマ湖100kmマラソン参加の健常ランナー8名を対象とし、マラソン前、直後および翌日に血清および赤血球内Mg、アドレナリン、ノルアドレナリンを測定した。 結果:血清Mgの推移は、マラソン前1.95±0.18mg/dl、直後1.85±0.13mg/dl、翌日1.95±0.08mg/dlと直後で軽度低下を認めたが、有意の減少ではなかった。赤血球細胞内Mgは、前4.76±0.28mg/dl、直後5.16±0.23mg/dl、翌日5.36±0.25mg/dlとマラソン後に有意の増加を認めた。血清アドレナリンおよびノルアドレナリンは、マラソン直後に有意の増加を認め、アドレナリンは翌日には前と有意差を認めなかったが、ノルアドレナリンは翌日も前に比べ有意に高値であった。マラソン直後の血清Mgと血清アドレナリンはr=0.842(P=0.0088)と高い相関関係を認めたが、赤血球細胞内Mgとカテコラミンとの相関は認められなかった。 考案:過激な運動においても血清Mgは軽度低下するものの、細胞内Mgは保持され健常人では運動のみによりMg低下が誘因となる冠動脈スパズムは生じないと考えられる。また、血清Mgの軽度低下は、増加したアドレナリンと相関することから、遊離脂肪酸を介して生じる一過性の減少であり、細胞レベルには影響しないものと推定され、運動により発生する冠動脈スパズムは、運動前に細胞内低Mg状態であったと考えられた。
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