本研究の目的は、実証的研究を踏まえて、産業集積地域におけるイノベーション形成に関する既往の理論を批判的に検討することにある。具体的な調査対象地域は、日本、長野県の諏訪・岡谷地域と飯伊地域、山梨県の甲府およびその周辺地域である。主たる調査方法は、企業経営者ないし開発担当者へのヒヤリングである。調査研究の結果、次のような知見が得られた。 (1)わが国の機械金属工業・プラスチック製品・ゴム製品製造業の中小企業は、漸次的なプロセス・イノベーションの分野で実績を上げてきた。(2)プロセス・イノベーションを得意とする中堅・中小企業のなかには、プロダクト・イノベーションを実現した企業もある。(3)イノベーション形成力のある企業ほど、地域の外に位置する顧客や研究機関と結びついている。(4)イノベーション形成にとって鍵となるのは、暗黙知とコード化された知識とのスパイラル的変換にある。(5)そのスパイラル的変換は、各企業にとっての顧客からの要求に応えようとする努力によって実現される。(6)地域内部の社会的環境ネットワークもまた、新しい販路の開拓などのイノベーション形成にとって有効性を発揮する。(7)イノベーション形成力の強い企業ほど、地域内の社会的環境ネットワークの形成に積極的に関与している。(8)ポーターの産業クラスター論よりも、地域内部の諸主体間関係だけでなく地域外め主体との関係も重視する「イノベーティヴ・ミリュー」論の方が、日本の現実と親和的なパースペクティヴを提供してくれる。(9)産業集積地域内での人材の企業間異動が、中小企業のイノベーション形成に寄与することが多い。(10)イノベーション形成力のある中堅・中小企業が立地していたとしても、地域経済全体として力強い成長が実現できるわけでは必ずしもない。個別企業のイノベーション形成力を地域全体のものとするためにはどのような施策が必要なのか、この問題が依然として探求されなければならない。
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