韓国の近代教育における音楽教育は、近代学校の成立から行われたと言える。韓国の近代そのものが日本による強制開国から出発したことを勘案すれば、キリスト教、とりわけキリスト教主義学校の音楽教育は重要な位置を示している。キリスト教主義学校が韓国の音楽教育の定着に大きな貢献をしたことはいうまでもない。しかし、韓国人はそれをそのまま受容することではなく、当時の政治、経済、産業、教育などが抱えている課題を音楽教育にも反映したことはいうまでもない。本研究では、愛国唱歌教育運動を三領域から考察している。それは、洋楽を直接に受け入れたキリスト教主義学校の賛美歌、キリスト主義学校と関わりをもちながらも、自主的、主体的な近代的教育をめざした民族学校の愛国唱歌、そして日本の近代教育を注入しようとした官公立学校の日本唱歌は、それぞれからみながらも、近代的音楽教育を学校教育.と政治教育の視点から展開した。すなわち、民族学校では、賛美歌旋律に抗日的、半日的な替歌を唱っており、キリスト教主義学校では、欧米宣教師の政治的特権を背景に抗日的、反日的な替歌が普及していた。そして官公立学校では、賛美歌旋律を多く取り入れた日本唱歌を「模範教育」という教育政策のもとに移入してきた。したがって、今年度の研究では、愛国唱歌教育運動を学校教育のみ対象にしてきたが、その源流を辿り付くべく愛国唱歌教育運動の母体とその前提になる伝統音楽の伝承と儒教思想、国家近代化を呼び掛ける開化唱歌を総合的に分析した。
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