近年、河川や湖沼などの淡水系において、汚染が自然の浄化作用をはるかに超え、ヒトをはじめとしてそこに生息するものに対して悪影響をおよぼし始めている。ここでは、それらの汚染物質の中から特に性ホルモン活性を示すビスフェノールA(BPA)を取り上げた。環境中のエストロジェンやその活性を示す物質が、淡水系生物、特に魚に対して性の決定をかく乱することが明らかになったからである。われわれは、これらの物質のおよぼす影響が無脊椎動物ではあまり研究されていないことに注目し、長期にわたり実験室での飼育が容易なヒドラを材料として用いた。ヒドラでは無性生殖(出芽)と有性生殖(精巣、卵形成)を同時にみることができる。その結果、1.環境に存在する量のBPAはヒドラの精巣形成、卵形成に何の影響も与えない 2.量が増えるにしたがい精巣、卵ともに形成阻害が顕著になる 3.出芽も阻害作用を受けるが、阻害が起こるより少し低い濃度ではむしろ促進効果(ホルメーシス)が観察される 4.BPAによって対照の卵形成ではみられないような明らかに小さな卵形成がおこることがわかった。以上のことから、BPAは環境中の濃度では影響を与えないが、濃度が上がると特異的に(おそらくエストロジェン的な作用を介して)ヒドラに影響を与えていることが明らかとなった。また、BPA単独では環境に対する影響は無視できる程度のものであるかもしれないが、ヒトから排泄されるエストロジェンや避妊薬およびエストロジェン活性をもった多くの工業用の化合物が複合的に淡水系の性をかく乱する可能性が示唆されており、これらの物質による汚染を極力抑えることが重要であることが結論された。なお、予定していたBPAによる遺伝子発現誘導についてはライブラリーを作成し終えた段階である。
|