分子動力学(MD)シミュレーションの最大の問題点は、長距離静電相互作用の計算に膨大な時間が必要となることである。従来、計算時間を短縮化するため、カットオフ距離を設定し、それより遠方の相互作用を無視することがおこなわれているが、それによりシミュレーションの信頼性が損なわれることも広く認識されている。一方、高速多重極法(FMM)をはじめとする高速アルゴリズムは、カットオフを必要としないが、これらはいずれも一種の近似法であり、高精度の計算では、依然として莫大な計算量が必要となる。本研究では、二体相互作用計算用の専用計算ポード(MD-Engine)と高速アルゴリズムを併用するような計算システムの開発を計画しており、今年度は、そのための基本ソフトウェア群を開発した。すなわち、まず、計算ボード上において、各粒子の近傍領域に存在する粒子を選別するためのアルゴリズムを開発した。これは三次元巡回バッファ方式に基づいており、高速アルゴリズムとの併用において、中核となる機構である。また、効率的な並列処理を行うため、再帰バイセクション法に基づく静的負荷分散アルゴリズムを開発した。さらに、これらのソフトウェアをMD計算プログラムAMBERに組み込み、実際の生体分子系で性能を検証した。その結果、従来はFMM計算の精度は展開次数にのみ依存するといわれていたが、それだけではなく、階層セル構造の分割レベルならびにSHAKE法の許容値にも大きく影響を受けることが判明した。計算ボード3枚の併用計算システムを利用すると、通常のパソコンでの計算よりも300倍程度高速であった。また、FMM単独の場合と比較すると、中程度の精度では約16倍、高精度では約20倍に高速化され、いずれの場合も、MDの1ステップを3秒前後で実行できた。今後は、現在のVMEバス方式によるシステムをPCIバス方式に改良し、そのシステムを用いて、各種めMDへの適用の有効性を検証する予定である。
|