分子動力学(MD)シミュレーションの最大の問題点は、長距離静電相互作用の計算に膨大な時間が必要となることである。計算時間を短縮するために、簡便なカットオフ法を用いると、シミュレーションの信頼性が損なわれる。また、高速多重極法(FMM)をはじめとする高速アルゴリズムも、高精度の計算では、以前として莫大な計算量が必要となる。本研究は、二体相互作用計算用の専用計算ボード(MD-Engine)と高速アルゴリズム(FMM)の併用により、対価格性能比の高い、高速高精度計算システムを開発することを目標とした。 平成13年度の主要な成果は、(1)計算ボード上において、各種高速アルゴリズムの近傍領域セルを選別するためのアルゴリズムを開発したことである。これは併用の中核となるもので、三次元巡回バッファ方式を採用することにより、ホスト計算機とボードの間の通信時間の大幅な削減を達成した。また、(2)効率的な並列処理を行うため、再帰バイセクション法に基づく静的負荷分散アルゴリズムを開発した。また、実際に、(3)PCI版の専用計算ボードなどを備えた並列計算システムを構築した。平成14年度は、(4)専用計算ユニット(前述の並列計算システム)のクラスタ化による階層的専用並列計算システムを構築した。これにより、5万原子の系の精密シミュレーションを1ステップ1.6秒で実行できた。これは、専用計算ボード各2枚を装着した計算ユニット4台から成るクラスタでの性能である。ほぼ満足のいく結果だと考えている。また、(5)FMMに固有のパラメータが計算ボードとの併用に与える影響を、エネルギー保存の度合から検証し、タンパク質の精密シミュレーションにFMMを用いる場合には、従来考えられていたよりも高い(十進表記で1桁程度)精度が必要になることを明らかにした。
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