本研究の目的は、脊椎動物の中枢神経系、特に神経性網膜に見られる層構造の形成がどのようなメカニズムによって制御されているのか、分子レベルで明らかにすることである。そのためのアプローチとして、器官培養に加えたときに層形成を阻害するような抗体を作製し、その抗体が認識する抗原を同定することを試みた。まず、層形成が活発に行われつつある艀卵後7日目の神経性網膜をマウスに免役し、約4000クローンのハイプリドーマを得た。それらのうち88クローンが組織染色可能な抗体を産生していた。培養条件下で機能阻害実験を行うためには、少なくとも抗体が認識するエピトープが細胞外に提示されていなければならない。そこで膜を透過させる処理をせず生きた状態の細胞を染めたところ、23クローンが細胞外の抗原を認識していることが分かった。それらの抗体を精製したうえで、艀卵後4日目の網膜の器官培養に加えたところ、いくつかについて層構造が乱れる異常が観察された。そのうち特に阻害効果がはっきりしているモノクローナル抗体10B10について、さらなる解析をすすめた。10B10存在下では、連続したouter plexiform layerが形成されずに、光受容細胞がとぎれとぎれに並んだような網膜が作られる。組織染色をしたところ、10B10抗原は層構造がまだ見られない若いステージにおいて網膜の細胞境界のapical側に発現していた。発生が進みはっきりとした層構造が見られるような艀卵後9日目の網膜ではPlexiform layerにも発現していた。この抗体はウエスタンブロットには使用できなかったが、免疫沈降が可能で、分子量75kDaのタンパク質が共沈してきた。現在、このタンパク質のアミノ酸配列を決定しているところである。
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