本研究の目的は、WGA遺伝子組み換え非増殖性アデノウイルス(WGAアデノ)や狂犬病ウイルスのトランスシナプティック投射を応用して、従来の単シナプス性ラベルでは困難であった、複数のニューロンを介する多シナプス性神経路の選択的可視化を実現することにより、「皮質-基底核ループ回路」における情報伝達・処理機構を解析することである。本研究課題では、WGAアデノや狂犬病ウイルスの動態を明らかにするため、コントロール実験として、これらのトレーサーを一次運動野に注入し、さまざまな生存期間において逆行性にラベルされるニューロンの分布が、視床、大脳基底核、小脳、および大脳皮質でどのように変化するかを詳細に検討した。実験の手順は以下のとおりである。(1)マカクザルの一次運動野(とくに上肢領域)を皮質内微小刺激法により電気生理学的に同定し、WGAアデノや狂犬病ウイルスを局所注入した。(2)WGAアデノでは1〜3週間の、狂犬病ウイルスでは2〜4日の生存期間の後、サルを10%ホルマリンで灌流固定した。(3)摘出した脳から連続切片(前頭断;60ミクロン)を凍結ミクロトームで作製し、WGAや狂犬病ウイルスに対する抗体を用いて、逆行性にラベルされたニューロンを免疫組織化学的に可視化した。その結果、狂犬病ウイルスを注入した場合には、3日の生存期間で視床を介した二次ニューロンのシナプティックラベルが淡蒼球や小脳核で多数みとめられ、3日半の生存期間で三次ニューロンとして線条体投射細胞やプルキンエ細胞が、さらに、4日の生存期間ではその他の領域で四次ニューロンと思われる細胞のラベルがみとめられた。同様の所見は大脳皮質においても得られた。なお、WGAアデノは狂犬病ウイルスに比べて、ラベルされた二次ニューロンの数が極端に少なく、また、領域も限定されていたため、本研究目的の達成にはあまり有効でないと考えられた。
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