多様性に富む神経の可塑的変化を語るには、たんぱく質の翻訳後修飾の作用を考える必要がある。そこで本申請者は、細胞外や細胞膜上に位置するプロテアーゼ修飾に着目し、マウス脳を用いて、個体レベルから細胞・分子レベルにわたる神経可塑性の理解を追及してきた。特に、S1(clan SA)セリンプロテアーゼ・ニューロプシンは、海馬・扁桃体に発現し、長期増強への関与も示唆されており、脳内における本酵素の機能発現を明らかにすることは、神経が可塑性を獲得する機序を解明することにつながる。本研究期間内に、本申請者は、ニューロプシンの脳内・内在性特異的インヒビターが、Serphinb6(SPI3)であることを生化学的・形態学的に明らかにし、さらに皮膚においても、ニューロプシンの特異的インヒビターがSerphinb6であることをつきとめた。脳における知見は、本申請提出後論文に掲載された。一方で、ニューロプシンは、先に述べたようにS1(clan SA)セリンプロテアーゼに属し、同じファミリーに属する他の酵素と構造上酷似しているにもかかわらず、独立した基質特異性を持ち、特異的なインヒビターによりその活性は厳密に制御される。そこで、Serpin6によるニューロプシン制御機構を解明するためには、ニューロプシン基質結合部位周囲に位置するループ構造における構造機能相関を知る必要があると考え、ニューロプシンの基質特異性と刺激応答性分泌について検討した。その結果、ニューロプシンに付加されているN-結合型糖鎖が、基質特異性及び刺激応答性分泌に影響する知見等を得、論文に掲載されるに至った。さらに本申請者は、Serpinb6の脳内発現をmRNAレベル・蛋白質レベルにわたり、ニューロプシンの発現と詳細に比較検討した。その結果、ニューロプシンの発現がまったく観察されない後脳の神経細胞において、Serpinb6は強い発現を示し、Serpinb6が認識する新たなプロテアーゼの存在を提示し、この結果も論文に掲載されるに至った。
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