記憶形成の細胞基盤であると考えられているシナプス可塑性には、短期相と後期相が存在し、それぞれ短期記憶と長期記憶に対応すると想定されている。短期可塑性については、海馬の長期増強現象(LTP)を優れたモデル系として、急速に機構解明が進んだ。しかし、長期可塑性は適した解析モデル系が乏しくほとんど未解明である。近年、LTP後期相で起こるシナプス新生などの細胞形態変化が、長期可塑性であると期待されているが、この形態変化が何週間にも亘り持続し、長期的なシナプス伝達効率の増大に寄与するかについては不明であった。 本研究では、海馬脳切片培養系を用いて、このLTP後期相に起こる形態変化が真に長期的な可塑性であるかを検証した。フォルスコリン(アデニル酸シクラーゼの活性化剤)の単回投与によって誘発されたLTP後期相で起こる形態変化(シナプス新生)は24時間以内に消失してしまい、フォルスコリンの繰り返し投与、すなわちLTP後期相の繰り返し誘発によってのみ、数週間持続する長期可塑性に移行することが明らかとなった。シナプス新生は電気生理学的、組織化学的、形態学的に評価し、いずれの指標も上記の結果を支持した。また、この繰り返しLTP後期相の誘発によって起こる長期シナプス新生は、刺激の回数や間隔に依存するものであった。さらに、阻害剤を用いた実験から、MAPKおよびPKAの活性化が刺激以降のシグナルカスケードに位置することも明らかとなった。 以上の結果から、LTP後期相と長期可塑性は同じではないと結論づけられる。本研究で見出された繰り返しの短期可塑性(LTP)触発刺激によって起こる、真に長期的な可塑性現象こそが、長期可塑性を細胞基盤とする長期記憶の解析系になると期待される。
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