研究概要 |
世界がなぜ三次元的(立体的)に見えるか、これは一見簡単そうに見えて実は大変難しい問題で、脳科学の最重要課題の一つである.眼球の水晶体の背後にあって光センサーの働きをしている網膜は平面なので,我々が実際に得ている視覚情報は,世界の二次元投影像にすぎない.ところが,我々が知覚している世界は三次元である.これは,脳が,網膜上に投影された二次元像を元に,物体の立体的な構造や,物体と物体の位置関係を計算しているからである.この複雑な計算を実際に脳がどのように行っているかは,長い間不明であった.最近になって,我々を含めた日米欧の幾つかのグループが,ランダムドットステレオグラムなどを刺激に用いて,脳内には,両目が水平方向に少しずれた位置にあることから生じる網膜像のずれ(両眼視差)を検出する細胞があることを見つけ,脳が三角法を用いて奥行きを計算していることが明らかになった.しかし,これで問題が解決したわけではない.なぜなら,片目を閉じるとこの方法で奥行きを計算することはできなくなるが,それでも世界は三次元的に見えるからである.それは,脳が単眼像から,両眼視差以外の手がかりを使って奥行きを計算しているということである.二次元画像である絵画や写真に奥行きを感じるのもこのためである. 1950年代にアメリカのGibsonは,自然界の物体には表面に一様な模様(テクスチャ)があり,このテクスチャのついた物体が奥行き方向に傾いていると,観察者から近い部分の模様は,密度が低く,大きく見え,逆に,観察者から遠い部分の模様は,密度が高く,小さく見えるので,このテクスチャの「勾配」によって,奥行きを計算することができると指摘した.我々は,以前に両眼視差を検出する細胞を見つけた頭頂連合野のCIP領域に,テクスチャの勾配を検出する細胞があるのではないかという仮説を立て、以下のような実験を行った。まず,サルに一定の時間間隔をおいて連続的に提示される二つのテクスチャ平面の傾きが同じか違うかをボタン押しで答えさせる課題を訓練した.この課題を遂行中に,頭頂連合野のCIP領域からニューロンの活動を記録したところ,多くの細胞がテクスチャ平面の傾きに選択的に反応し,テクスチャ勾配の検出を行っていることが分かった.また,これらの細胞は,テクスチャーパターンを変えても選択性は変わらなかったことから,単にテクスチャーパターンに反応しているのではないことが分かった.さらに,ランダムドットステレオグラムを使って同じ細胞を調べてみると,多くの細胞が,テクスチャ勾配と同時に両眼視差にも感受性をもっていることが分かった。この論文ではこれらの結果から,頭頂連合野のCIP領域で,テクスチャ勾配の情報が分析され,さらにもうひとつの重要な奥行き手がかりの情報である両眼視差の情報と統合されることによって、奥行き知覚が生じるということが明らかになった.さらにこの論文で我々は,サルも人間の知覚と同じょうに,単眼像から奥行きを知覚していることを行動学的に明らかにした.
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