本研究は、『純粋理性批判』(以下『批判』)にいたるまでのカント理論哲学の発展史を、18世紀ドイツ哲学の文脈のなかに跡づけ、カント哲学の歴史的な根源を再構成しようとするものである。本年度はとりわけ、『批判』に集約されたテーマ・思想単位から振り返って、前批判期から1770年代までの発展史を、当時の哲学的状況との関係のなかでとりまとめることを試みた。 そのテーマとして(超越論的観念論の基本構造、アンチノミー論の諸主題などとならんで)、自我論あるいは自己意識論をとりあげたが、その研究に基づき、論文「カントにおける自己意識の問題」を発表した。この論文では、まず1770年代に自己意識が統覚として演繹の問題圏に導入された経緯を遺稿にもとづいて跡づけ、ヴォルフやメリアンなどに見られる18世紀当時の統覚概念との関係を論じた。ついで『批判』第一版の誤謬推理論における純粋カテゴリーによる自己意識モデルと、ウルリッヒ、ピストリウスなどによるカント批判から余儀なくされた第二版での論点移動とを確認した。最後に演繹論における「統覚の総合的統一」を、それまでの自己意識論のアポリアを克服するための、新たな自己意識の<総合モデル>の構築の試みとして掘り起こした。 今後このテーマについてさらに研究をすすめ、『純粋理性批判』第2版におけるcogito ergo sumをめぐるカントの新たな解釈についての論考を発表する予定である。 また、カントの啓蒙思想を18世紀ドイツの文脈のなかに置くことを試みた論考「啓蒙時代における成年市民の概念-カント『啓蒙とはなにか』を読む」(図書『賢い大人になる50の方法』に収録)を発表した。
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