本年度は、自己意識の生成を創造性(言語や身振りにより、感情や緊張を表現する力)という側面から考察した。哲学の分野における研究上の成果は、創造性が二重の運動の結果生じることが判明したことである。すなわち、一方で感情や緊張・運動感覚といった目に見えない身体性を目に見える身振りにより表出する働きであるとともに、他方でファンタジー(必ずしも像を持たない想像)が、現実化し像(絵画、身振り、言語)となる働きでもあるという二重の運動が創造的行為と呼ぶにふさわしいものとなるのである。この点に関しては、学会発表《For the Children to Come:A Phenomenological Analysis of Playing and Phantasy》(The 20th International Human Science Research Conference)、論文「非理念的な意味と身体性-フッサール『論理学研究』第一研究と『イデーン2』第56節をめぐって」および論文「絵を描く身体-創造性について1(現象学研究の精神病理学・精神療法への貢献のために)-」においてそれぞれ言語活動と描画行為を例にとって分析を試みた。 以上の哲学的な考察は、直接精神病理学的な研究の助けとなった。というのは、創造性の回復がとりもなおさず様々な精神療法がそれと気づかずに試みてきたものであるからだ。この点に関しては、論文としては未発表ながら、わたくしが属している二つの研究会で、精神科医の方々と議論をする機会を得、大きな示唆を得た。精神療法という観点から創造性と自己の成立の問題を扱った論文として、「自己と身体 ビンスワンガーの「夢と実存」とハイデガー」と「自己の現実感と他者-ウィニコットにおける存在と行為」を発表した。 最後に、このような創造性の構造に随伴する自己意識を直接分析するために論文「反省以前の自己意識について(デカルト「第二省察」は本当に心身二元論を主張しているのか)」を発表した。来年度は、PTSD(心的外傷後ストレス症候群)の分析を通じて、より現実の医療に即した仕方で、自己意識の問題を哲学的・精神病理学的に研究してゆく予定である。
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