本年度は、自己意識の問題を現象学精神医学双方から検証するためのテーマとして、「心的外傷」についてとくに研究を進めた。現在社会的にも問題になっているこの問題に関して現象学的な構造分析を行い、3本の論文を発表した(一本は学会発表であるが、学会誌への全文掲載が決定している)。またこの研究に伴い生じた、身体と感情の関係についての純粋な現象学的問題に関しての論文も発表した。 この研究の結果、意味記憶とは異なる身体的記憶の構造について、新たな知見を得ることができた。また能動的志向性の源である「自己」のマヒが心的外傷の諸症状の根幹にあるという見地を得、それにより自己性を能動性と受動性の蝶番という視点から分析し、いくつかの知見を得た。 特にフラッシュバックにおける時間性の変容と強度の問題に対して現象学的な説明を与える試みを行った。 さらに、2000年に完成した博士論文に、今回の科学研究費補助金による研究成果を取り入れて改稿した著書をフランスで出版した。 また、現代ヨーロッパを代表する現象学者のひとりであるマルク・リシールパリ7大学教授の翻訳を学会誌に発表するとともに、渡仏し討議する機会を得て特に心的外傷と想像の関係について大きな示唆を得るとともに、来年度以降の招聘および論文の日仏双方での出版へむけての打ち合わせを行った。パリでは同時に小坂井敏晶パリ8大学助教授(社会心理学)とも共同研究の可能性について討議した
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