本年度は馬王堆帛書『老子』、郭店楚簡『老子』および現行本の『老子』『荘子』の読解を中心にして研究を進めてきた。また、『上海博物館蔵戦国楚竹書(一)』(2001.12)の入手後はその解読を平行して行っている。この新資料の出現により、郭店楚簡のテキストの再検討が更に求められることになったが、その研究成果は次年度中に示すことにしたい。本年度中に公表した成果は以下の論文二点である。 論文「儒家の利・墨家の利」は、利をめぐる儒墨の思想の差異をとらえ直すことにより、郭店楚簡『唐虞之道』の成立年代の矛盾を解消したものである。従来の儒家思想史の枠組みの中で考えるならば、『唐虞之道』の利の思想は戦国最末期のものとして位置づけられることになるが、これは郭店楚墓の考古学的な推定年代(戦国中期後半)と矛盾する。自利か利他かという二項対立を前提とした従来の分析では、『唐虞之道』に中期墨家以後の利他の思想の影響を認めることになり、その成立の上限を引き下げてしまうのである。本論では、行為を行う側に注目するか、受ける側に注目するか、という視点の相違に儒墨の思想の差異を求めることによって、利をめぐる儒墨の思想史をより見通しのよいものとして示し、『唐虞之道』の思想が孟子の時代に語られうることを明らかにした。これは直接に儒道の交渉史を論じたものではないが、郭店楚簡の成立年代推定にかかわるものであり、この新出土資料にもとづいて本申請研究を進める上での基礎的な作業の一つである。 論文「『墨子』錯簡についての覚え書き」は、道蔵本『墨子』中に存在する錯簡に注目することにより、これが過去四十字前後の簡に書かれていたテキストに由来することを明らかにしたものである。これもまた直接に儒道の交渉史を論じたものではないが、本申請研究における副次的な成果の一つであるので、ここに付記しておく
|