本研究は、和辻哲郎と柳田国男の景観論を倫理思想史的に捉え、私たちをとり囲む風景が、共同性や道徳意識といった倫理思想の形成にどのような影響をあたえているかを明らかにすることを目的とする。 研究第一年度は、和辻哲郎と柳田国男の故郷観・景観論を、各々実情に即して把握することを目指した。 (1)和辻哲郎の出身地である兵庫県仁豊野と、柳田国男の出身地である兵庫県辻川を訪れ、各々の景観・文化・習俗について調査した。その結果、両者とかかわりの深い播磨の地は、古来他国との関係において独特の地位を占めており、その伝統が2人の感受性のありように大きな影響を与えていることが判明した。したがって両者の故郷観について把握するためには、一方で時代をさかのぼり、『播磨国風土記』等の記述を確認すると同時に、同時代の他地域(京都・東京等)との関係を調査する必要があるとの見通しを得た。 (2)和辻哲郎の『自叙伝の試み』と柳田国男の『故郷七十年』の読解を通じて、両者が相似た地について、異なった語り方を行っていることが判明した。すなわち、柳田は播磨という地を「故郷」として対象化し、かの地との時間的な距離感を打ち出しつつ描き出しているのに対して、和辻は同じ地を「農村」という形で対象化し、その共同性のあり方に注目しながら叙述している。このように両者は、乙れの出発点を把握する視点において、明確な差異を見せている。現在は、この違いが両者の景観論・共同体論の構造にどのような形で反映しているのか、さらなる検討をすすめている段階である。
|