第一年目にあたる本年度は、まず国内・海外にわたる情報収集活動を行い、特に9月には英国・スウェーデン、2月には米合衆国に赴き、医療倫理集中講座への参加や各地研究者との論議を通じて各国の関心事および問題への理論的アプローチの方法を知る一助とした。 こうして収集された情報の中から、本年度は主に医療倫理学の最新の諸問題について検討した。ます、この数年で大きな話題となりつつある1)医療情報の活用の問題に関しては、英国およびスウェーデンにおける実施の現状とそれについての検討をまとめ、「患者と市民にとっての医療情報活用--カルテ開示から遺伝子カウンセリングまで」として日本病院管理学会学術総会指定研究会(専門領域別指定課題「医療情報の活用と病院における保獲管理に関する研究」)にて報告した。また、2)アイスランドにおける遺伝子データバンクをめぐる北欧内部での論議を取り上げ、国内で同様のデータバンクが提案された場合に考慮すべき事柄を検討した(次年度に発表予定)。また3)幹細胞(胚性幹細胞を含む)研究の倫理をめぐる論議とガイドラインの国際比較を開始した。 他方、医療倫理学への一貫した理論的アプローチを確立することを念頭においた上で、相対立する倫理学の代表的立場とされる4)功利主義倫理学とカント倫理学との徹底的な比較検討を行った。「医療倫理の問題に取りくむ際には、功利主義的アプローチとカント的義務論のアプローチがあるが、両者は激しく対立し、それぞれ利点と欠点がある」と非常によく言われる。功利主義対カント義務論という対立図式はどの生命倫理の教科書でも講議でも当然のように教えられている。しかし、H. Sidgwick(現代功利主義の礎をつくったとされる)とKant自身の論述を徹底的に比較検討した結果、両理論は実際には同内容の根本原理を基礎としているのであって、完全に対立しているわけではなく、両理論に反しない仕方で応用倫理の問題に対する一貫したアプローチを提示することは十分に可能である、との結論に達した。
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