本年度は、第一年度に収集した資料等を活用し、医科学研究、および医療情報の活用をめぐる倫理的問題について研究成果を三本の論文にまとめた。 1.まず、アイスランドの医科学研究用複合データベース(家系・遺伝子・診療記録データベース)計画をめぐる論議について検討した。この計画に伴う倫理問題--個人情報の保護、インフォームド・コンセントの必要性、科学研究の自由の侵害など--を検討し、その教訓と今後の課題を明らかにするとともに、日本の疫学研究指針や遺伝子解析研究の指針についても今後考慮すべきだと思われる問題点を指摘した。またアイスランドで成立した関連法規も検討し、法の成立後も残される問題を明らかにした。 2.さらに、診療録の開示等にみられる患者や市民への医療情報の提供のあり方について、英国とスウェーデンの実践例を参考に考察した。二国の取り組みの背後には「自律・自己決定の尊重」の理念があるとして、この理念の背景と意味を検討し、これらの国において自律の尊重とは、患者や市民にただ決定を任せ責任を負わせるものというより、むしろ「自己決定に必要な判断能力を向上・熟成させるためにも、積極的に患者や市民に情報を提供する」という形でとらえられ、積極的な情報提供の動きにつながっていることを指摘した。 その他、本年度夏には米国に赴き、倫理学・政治哲学理論の専門的研究者と交流するとともに、遺伝子治療・研究や幹細胞研究など主に医科学研究にかかわる倫理的論議や環境問題をめぐる政策論議等について情報を収集し、倫理学理論と応用倫理学の両面の研究に役立てた。こうして得られた知識をもとに、現在は現代功利主義の入門書を執筆中である。その中では、功利主義倫理学の理論構造を明らかにするほか、医療倫理等の個々の社会問題に功利主義がいかに一貫した理論的アプローチをとりうるかを明らかにする予定である。
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