研究概要 |
知的障害者の身体バランス能力の低さは古くから指摘されている.また,測定的な場面(測定事態)と日常生活場面(日常事態)で発揮される能力が食い違うことがよく指摘されている.本年度の目的は,知的障害者における測定事態と日常事態でのバランス能力のディスクレパンシーの実態を明らかにして,その要因を探ることである. 具体的には,歩行の測定を取り上げた.測定事態の課題は,ゴールまでの普通歩行である.これは一般によく行われる歩行検査と同じ手続きである.一方,日常事態の歩行として,水の入ったコップをお盆にのせて,水をこぼさないようにしながら目的地まで歩行する.速く歩くことと丁寧にこぼさないように歩くことが同時に求められる課題である. 50名の知的障害者を対象とした.施設を利用している成人と養護学校生徒であり,顕著な感覚障害や運動麻痺などはない人たちである.歩行距離は3mとした.分析パラメータは歩行速度とこぼした水の量である 結果は以下の通りである.まず,自閉症のある知的障害者は歩行速度は速いのだが,こぼす水の量も多い傾向にあった.つまり,条件間であまり速度変化が見られないのである.このことから,自閉症者は文脈に応じて運動をコントロールすることの困難が示唆された.一方,ダウン症者は,歩行速度は遅いものの,丁寧にコップを運ぶ傾向にあった.ダウン症者の動作が緩慢なことはよく知られていて,これはこれまでは彼らの運動機能の低さと結び付けられているが,実際は丁寧な運動の遂行を優先するというダウン症者独特の心理的特性に関連している可能性が示唆された.
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