本研究の目的は、我が国における「犯人特定技術」、すなわち捜査技術、の近代化過程において、どのような技術が適用されてきたのか、それによってどのようなことが実際に行われてきたのかということを、実際の資料を基にして、批判的アプローチの観点から検討することにある。本年度は、主として、明治・大正・昭和初期の捜査技術資料、ならび捜査関係者の手記などを収集し、これを分析した。 それによると、まず当初の予測通り、捜査技術の近代化-それは一面では捜査技術の西洋化あるいは捜査技術の輸入ともいえるものであるが-において、医学的知識ならびに心理学的知識が重要な役割を果たしているということが挙げられる。たとえば、明治期においては、それまで主流であった捜査員の「勘」による捜査が、時代を経るにしたがって、次第に心理学的な語りによって置き換わっていくということが挙げられる。その場合、捜査技術の核となるものは、いわば動機の解釈であり、それゆえに自白を促す技術というものが中心におかれることになる。したがって、たとえば放火や殺人などにおいて、「性」というものを心理学的に語り、それによって自白を促すということが求められたりする。そこでは現場状況から、「性」について何らかの物語の登場人物として成り立つような人物を犯人として捜査し、そのような登場人物として語らしめて、そのことによって犯罪という現象の成立をみることになる。 しかしながらここで注意しなければならないのは、捜査技術の近代化(あるいは西洋化または輸入)が、単なる技術の輸入としてあったわけではないことであろう。検事などによる犯罪研究論文でさえ、西洋の物語(たとえばシェークスピア)が引用され、それを普遍的な物語とする姿勢が伺えるのである。このような状況がどのような意味を持つものであったのか。これは次年度の検討事項になるだろう。
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