本研究は、太平洋地域で4年に一度、約2週間にわたって開催される「太平洋芸術祭」を研究対象とし、主として第8回大会(2000年、ニューカレドニア)に関する実地調査研究を通して、参加した独立国および自治領における芸術とアイデンティティの関係を考察することを目指したものである。独立の機運が高まった南太平洋の島々を中心に1972年に初めてフィジーで開催された太平洋芸術祭は、回を重ねるごとに参加する地域や自治領が拡大し、2000年の第8回大会への参加は24の独立国および自治領であった。また第9回太平洋芸術祭(2004年)は、北半球で初めて、パラオ共和国で開催されることが決定している。そうした状況を踏まえ、研究対象として選んだのは、筆者がこれまで調査研究を行なってきたパラオ共和国およびグアム、マリアナ諸島米国自治領、ミクロネシア連邦である。 本研究では、これら4つの独立国や自治領において、第8回太平洋芸術祭に参加する代表メンバーを決定する際に展開された一連の出来事やそれをめぐる言説に関する調査と考察に焦点を絞った。その素材として、芸術祭で演じられたダンスの系統と種類、歌詞の内容、ダンスを踊るグループ、ダンスの所有権、さらに太平洋芸術祭のために新たに盛り込まれた趣向にも着目し、それらの特徴を明らかにすることにより、同じミクロネシア地域に属する4つの地域でありながらも、そこに示されるアイデンティティや芸術観には大きな違いが見られることを具体的に描き出すことができた。とくにパラオ共和国については、太平洋芸術祭に向けて作られた歌の歌詞の分析から、パラオの近現代の自己像と、現在のパラオにも大きな影響を与えている、かつて植民地統治を行なった日本やアメリカに対するパラオの他者像を明らかにし得たのは、大きな収穫であった。その成果はすでに日本語と英語の論文で発表しており、また次回太平洋芸術祭についての研究も継続の予定である。
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