近世における漁業社会構造の特質を検討するために、本研究では房総地域のなかでも、特に南岸から東上総沿岸地域を取り上げて、干鰯生産を中心とした、さまざまな漁場利用が重層する社会のありようを分析した。特に本年度は、昨年課題とした浦請負人の生業のありよう、複層的な漁場利用をめぐる漁民と浦請負人との矛盾関係について検討した。こうした検討には、干鰯生産の側面だけではなく、その他の地付漁場における多様な漁業構造を取り上げる必要があるため、安房〜東上総南岸地域において特徴ある漁業、心太草と生鮑生産を事例として検討した。 その結果、(1)網元兼浦請負人は、近世後期に漁業経営を多角化し、漁業生産への利益吸着を強めたが、特に各浦の鮑漁業権を確保した浦請負人は、惣百姓との対立を深め、村方騒動は頻発したこと、(2)その背景には、村百姓の多くが鮑漁場で地海士として働くという実態、すなわち鮑漁場という地付漁場が惣百姓の再生産に不可欠の存在であったことが挙げられる、(3)心太草の採取も近世後期に盛んとなったが、その村内での担い手は老人・女性・子供などが主であり、特に村内の下層百姓にとって重要な生業となったので、集荷する江戸問屋との対立は深刻化したこと、などが明らかとなった。 今後はこうした地付漁場の構造的特質に関する検討をさらに深めるとともに、干鰯生産の構造を含めた漁場利用の立体的な構造を総体として把握していく作業が必要となろう。
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