1.<理論的考察>本年度はまず、移民史およびラティノス史に関する先行研究を、「人種」「エスニシティ」「20世紀アメリカ」という検索項目をたてて検討した。その結果得られた理論的な成果は、従来少なからず固定的に位置づけられてきたラティノスのエスニシティや人種アイデンティティが、次々と流入する移民の存在によって絶えず再構成され続けてきた、ということである。また、ラティノスが自らの歴史を語る/記述するという行為が、決して単なる実態の反映ではなく、逆に実態そのものを構成するという性格を持つことも明らかになった。以上の議論は、近刊予定の研究書に収録される拙稿「引き直される境界-チカノ運動、セサル・チャベス、非合法移民-」のなかで展開されている。 2.<実証的考察>上記の理論的考察を支える問題設定を具体的な対象にあてはめて論じたのがAmerican Studies International誌に発表した論文である。ここでは、LULAC(統一ラテンアメリカ市民連盟)という組織が、移民法改編論議の過程でラティノスとしてのエスニシティをどう(再)構成していったのかに注目している。同組織は、非合法移民を排除するという戦略から包摂するという戦略に転換することで、「われわれ」という分類を拡張した。そうした「われわれ」と「かれら」の境界線の引き直しは、必然的に「われわれ」という意識で支えられていたラティノ・エスニシティに再構成を迫ったのである。この実証研究から明らかになったことは、特定の人種・エスニック集団の境界を、歴史的社会的文脈を問うことなく固定的に捉えることの問題性であり、集団内部の同質性を前提して研究を進めることの危うさであった。同時に、こうした研究上の陥穽を回避するのに、文化研究やポストコロニアル研究の成果の批判的応用といった学際的なアプローチが有用であることも同時に明らかになった。
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