本研究は、法人類学の成果を援用して、これまで法思想史研究と法制度史研究の狭間でほとんど注目されることのなかった、国王恩赦や共同体集会などの裁判外紛争処理の実態を解明することで、中世における紛争解決システムの構造的把握を目指すものである。かかる課題の解明のため、本年度は特に国王恩赦に重点を置き、具体的には以下の研究活動を行った。 (1)13世紀以降急速に整備が進んだ王国司法行政機構の再確認。 (2)ルイ9世期を中心に、「パリ国王法廷判例集成」に記録された予備調書・判決原本の内容から当時法廷で取り扱われた事案の性格分析。 (3)「国王の特別介入」を受けて判決が下されている事案にとくに着目し、法官が判決を下す際の準則を明らかにするとともに、王権側の法意識との微妙な緊張関係の解明。 その結果、次の諸点が明らかになった。 ○聖別を受けて地上における「神の似姿」としてその職務を遂行する国王にとって、「(厳格な)裁き」と「(寛大な)赦し」の集権的行使こそ王権の核をなすものであり、その統合・強化という点から見て「聖王」と呼ばれるルイ9世治世期の13世紀後半は、理論的にも現実的にも一つの到達点をなす。 ○しかしこのキリスト教的統治観が確立した13世紀において既に、知的エリートである法官層の中には王国司法から神の意志の排除、所謂「世俗化」を意識し始める者もおり、現実の紛争処理過程上で王と王国司法行政機構とが相反する判断を示し対立する事案も確認される。
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