本研究は、中世フランスを対象として、王国裁判および裁判外紛争処理過程(国王恩赦や住民集会)を分析することで、前近代型紛争解決システムの解明を目指すものである。2年間の研究活動の後半にあたる今年度は、前年度までの研究成果を受け、特にフランス国王ルイ九世治世期の裁き(=通常の裁判)と恩赦(=裁判外紛争処理)の相補的関係の実態解明を目指した。王の直轄領であるフランス中央部のイル・ド・フランス地方やピカルディー地方において、殺人などの重罪を犯した犯罪者がいかに裁かれたか、その後親族・知人からの申し出により開始される恩赦の審査がどのように行われたか、また有罪となって刑が確定してから恩赦決定に至るまでの共同体住民の心性はどのように変化したのか、といった点に注目して研究を進めた。その結果次の諸点が明らかになった。 ・王の恩赦は、嘆願に対して無原則・無制限に決定されているわけではなく、暴力の行使を抑止するための政治的キャンペーンの一つとして意識的に展開されている。恩赦証書に現れる<iustitia(=公正さ)>という表現は、王国裁判権の信託性を高めると同時に、社会に弥漫する暴力的な風潮への戒めという意図を持って恩赦が行われていたことを示している。 ・王による恩赦行為は数的には必ずしも多くはないが、王国歴史叙述の中では治世を特徴づけるものとして頻繁かつ詳細に言及されており、王権による世論誘導、プロパガンダ政策のひとつの重要なキーワードとして、実態以上に機能していた。
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