今年度の研究においては、琉球で使われていた官話が中国のどの地域の言語を反映しているのかを探るため、琉球における関連資料の精読と、ヨーロッパ人宣教師の手になる資料とその基礎文献の収集を行った。 琉球の官話に関しては、特に、1800年李鼎元によって編纂された漢語・琉球語辞書である『琉球譯』を基礎資料として「『琉球譯』の基礎音系」と題し、琉球譯に反映されている漢字音について考察した。その結果、『琉球譯』は編者李鼎元の出身地・四川省の方言は反映されておらず、入声の使用状況、ハ行音、ナ行音、ラ行音等に対する漢字の使用傾向から中国の南京の方言を基礎として、福建方言の言語が混入していることを指摘した。また、本書に反映した「琉球語」は一般人が使用するそれではなく、知識人によって使われる漢文訓読語であることを指摘した。 また、これに加え、中国本土で使用されていた清代の官話資料に関して文献の調査と収集を行う。とりわけヨーロッパ人宣教師による官話資料は豊富で、そこで記述に用いられる言語に関しても、ラテン語、フランス語、ドイツ語、イタリア語と多くの言語が用いられており、それらを精読するための基礎文献の収集も併せて行う。なかでもTheophilus Gottlieb Siegfried Bayer (1694-1738)によって編纂され、1730年に出版された官話資料MVSEVM SINICVMに収録されているGrammatica Linguae Sinicae Popularis in Provincia Chin Chev(「?州における民衆の中国語文法」)について、その声調記述に関して論文を執筆した。本論においては10のモードに分類された宣教師の声調記述について、その言語解釈の違いを論じ、現代語との比較、検討を行った。また、言語系統の全く異なる漢語文法をラテン語の文法的枠組みで詳論した同書の文法記述に関してもその特徴を論じた。
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