New York Public LibraryのRare Books and Manuscripts Divisionにて、ハーマン・メルヴィル本人の書簡や作品の草稿、および家族・親族の書簡、日本では入手不可能な19世紀の文献等を閲覧した。その過程のなかで、メルヴィルの父方・母方双方の一族に共通する貴族意識が彼のなかでアメリカ的民主主義と微妙に混ざり合い、だがそこから決して抜け出すことができないトラウマのようなものがあることを発見した。またニューヨーク市街でかつてメルヴィルが居を定め、あるいは職場としていた地域10箇所程度を散策することで、そこに共通する風景が、彼の作品における叙述描写と密接に連関していることも確認した。生誕の場所から晩年の職場にいたるまで、彼はほとんど常に海と川を眺めながら暮らしていたのである。 また、共著書『冷戦とアメリカ文学』を刊行し、戦後アメリカ文学、とりわけティム・オブライエンにおける「冷戦の始まりの終わり」ともいえるヴェトナム戦争との関連性を手がかりに、現代における暴力と家族の主題を一部考察した。アメリカ開拓期に由来する植民地言説、とりわけ「明白なる運命」という信念に基づいて、先住民にたいする征服を当然視するアメリカ的無意識が、家父長的システムを有するアメリカ家族の心理構造とあいまって、爾来のアメリカ文化を構成してきた。そして1960〜1970年代前半のいわゆるカウンターカルチャー運動の時代はそれら双方を疑問視しながらも、かつての倫理意識にとらわれ混乱しているさまを探った。 研究費交付の内定通知が10月末だったため、研究自体は当初の予定より遅れ気味になっている。だがその他の課題については多数の資料を今年度中に収集できたので、来年度はそれを整理し成果を発表することに全力を注ぎたい。
|