本年度は、第一に、ヴァレリーにおける「純粋芸術」の傾向を歴史の中で考察した。19世紀半ば頃から盛んに現れた純粋芸術の特徴は、目的性を持たないこと、それぞれのジャンルに相応しくない要素を排除することだが、さらに「現実の再現を目指さない」ということも挙げられる。そこで、プラトン、アリストテレスの「ミメシス」を紹介しつつ、オスカー・ワイルドに始るオリジナルとコピーの関係の逆転、印象主義の画家たちの文章や伝記からうかがえる芸術家と自然の関係の逆転を調べ、絵画の領域に見られる「反-ミメシス」の流れを辿った。この流れは、絵画だけはでなく20世紀の詩人たちの詩的言語観にも見られる。そこで、「現実の再現を目指さない」ことを言明している詩人たちの言語観を調べ、「反-ミメシス」の流れを明らかにした上で、ヴァレリーの芸術観、詩的言語観をそこに位置づけた。この「現実の再現を目指さない」という主張は、言語の持つ記号としての性質に対立している。そこで第二の方向として、ヴァレリーのエクリチュールにおいて、この「反-記号性」の傾向がいかに現れているかを考察した。その際、ヴァレリーがカイエにおいて述べている「ヒエログリフ」に注目した。ヒエログリフは、意味を持った書き言葉に対抗するための一種の「記号」である。ヴァレリーはこのヒエログリフについて何度か言及しているのだが、それについての分析はまだなされていない。ヒエログリフの概念は「意味に対抗する」という点で重要な意味を持っていると考えられる。そこで、本研究では、ヘーゲル、フロイトにもヒエログリフへの言及があること、マラルメ、アルトーの舞踊観にヒエログリフが重要な役割を果たしていることを紹介した上で、ヴァレリーのヒエログリフ観を舞踊、文学、夢の三つの領域で考察し、それを記号の役割と関連づけて分析した。
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