当初の計画では、13年度はエリアス・カネッティの研究を主眼とし、14年度に、時代をさかのぼってハイネを検討することにしていたが、最初から広い連関において研究を進めた方が、得るものが大きいとの判断から、すでに本年度より、研究にハイネを含めた。 ハイネの作品は、文体の戯れ、変化する立場の戯れが特徴で、そのテーマや思想的立場が一義的には見極めがたい。ハイネはその家庭的出自や教育から、あらゆる宗教、世界観、また政治的システムのかなたに立つが、同時に、相反する、あるいは批判の対象とするもろもろの伝統を捨て去るわけではない、ということが注目される。過去および現在の歴史の、思想的、政治的、宗教的陣営、また個人的葛藤は、類型論に還元され、さまざまな立場が対位法によって結ぴ合わされる。そして彼の作品はもろもろの文学上の分類を横断する。あらゆる一面的傾向は、感覚的具体的生活世界との対峙においてその価値が測られ、修正を加えられる。そこに、いわば間接的に、ハイネの抱いた具体的人間像、歴史観が浮かび上がってくる。 啓蒙主義とロマン主義の双方の成果を背景にハイネが見出した道は、その後、おそらくだれにも歩むことは不可能だった。しかし、ハイネをここで比較の基準点と考えることはできて、それはたとえば、ロートにおける語りの変化による戯れ、類型論的作品構成や、アメリーの弁証法的文章構成などを考察する上で、きわめて大きな示唆を与えてくれる。カネッティの自伝的作品と群衆論を結びつける鍵も、このあたりにあるのではないかと考える。なお、研究成果の一部は、論文「真実と戯れ--ヨーゼフ・ロートの『反キリスト』」として発表される。
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