ブリクサ・バーゲルトの音楽・言語活動における視聴覚的・言語的記憶とメランコリーの、言語それ自体における立ち現れの諸相を明らかにし、一冊の書物としてその成果を刊行するのが本研究の目的であるが、本年度は、ここ10年間にわたり蓄積されてきた情報と知見の見直し・整理と、最終的に書物がいかなる形式のものであるべきかの検討にもっぱら時間が費された。翻訳という営みに内在する不可能性という古来普遍的な問題の、バーゲルトのテキストにおけるあらわれの独自性はより明瞭になった。この問題は、人間の活動が国際性・多言語性を獲得するに従ってむしろ返って尖鋭化するということの顕著に抽象化されたアイロニカルなモデルが抽出された。この尖鋭さは、現代における音楽(複製音楽)の流布のスタイルと密接に関わりつつ、映像的なるものによって助長されるが、そうした現象がインターネット等の新メディア群の隆盛によって「書物」のありかたへそのまま反映されることで、この十数年間のうちに、書物というメディアのメランコリックな本質がいかに浮き彫りにされて来、にもかかわらずいかにそれが見落されがちであるか、その経過と必然性が叙々に具体的に整理されたかたちで明らかになりつつある。十数年間のこの経過はそのままバーゲルトの活動の歩みと重なっているので、両プロセスを互いに反照させつつ検討することの意義はより鮮明になりつつある。 編集者との密な打合せを重ねて、書物の形式をおおむね決定することができた。平成14年3月末にドイツへ行き、バーゲルトと最終的打合せを行った。なお、あくまでも単行本刊行が目的なので前もって雑誌等に部分を掲載することはしない。(平成14年度刊行)
|