前年度の作業を受け、近代の朝鮮において若者にとっての'立志'の方向が、近代朝鮮文学の嚆矢と云われる李光洙文学においてどのように小説化されているかを、日本のそれと差違化しながら明らかにする作業を具体的にする為に、李光洙の歴史小説の中から『李舜臣伝』(1931-1932連載)に注目した。日本で明治期には、移民におもむいて富を築くという成功談が、大衆向け物語の一つの流れを示していた。が、移民生活の苦しい実情が知られるにつれ、成功談が物語の主流から姿を消していく様が日本近代文学の先行研究において明らかにされている。日本のその後の成功談の流れは、昭和期になると出征して軍人として名を挙げる方向へと向かっていく。そうした時期に朝鮮で李光洙が朝鮮王朝時代の武人李舜臣を偉人として小説化することが、日本の軍人としての立志伝とどのような差違を持ちえるのかを明らかにすることが目的である。また李舜臣に関しては、壬辰倭乱に絡んで明治25年の陸軍歩兵大尉著『朝鮮李舜臣傳』をはじめとして明治期に日本側で再評価された人物であることが分り、日本での再評価の仕方と自民族の英雄としての再評価の仕方の違いも重要になってきた。そこで近代以降に貸本などで流布した李舜臣に関わる大衆向け物語本と、李光洙の李舜臣とを対照する作業も必要となった。韓国の大学図書館などでの調査の結果、1925年『李舜臣実記』同年『忠武公李舜臣実記』1931年『聖雄李舜臣』などが物語本として普及していたことが分り、資料として収集した。現在これらの李舜臣物語と李光洙の物語の対照から分析に至る途上にある。また1928年から連載された洪命熹著『林巨正』は官軍李舜臣に対し義賊を物語化したものであり、その英雄形象化の方式も対照される必要があった為、1939年版と1948年版、また共和国で1993年に映画化された『林巨正』を購入し対照作業を行なっている。
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