今年度は、科学技術に関する行政裁量統制論の研究の前提作業として、科学技術に関する知識の所在と情報の流れの実態、および知識の創出と情報の流通を促す法制度について、工学の研究者と学際的な討論をしつつ考察した。特に、日本の行政機関では概して、科学技術に関する判断の素材となる過去のデータが十分収集・蓄積されていないこと、自分で判断する能力を持つ人材が不足していること、さらに、刑事制裁の可能性ゆえに、将来に向けて実効的な対策を講ずる目的で関係者から情報収集するのが難しい場合が多いこと、等を把握した。また、知識と情報を分散的・分権的に収集し蓄積することによって公益を実現する法システムの例として、ヨーロッパ法における工業製品の安全性検査、信認、認証の制度を分析した。国が直接規制を行うのではなく、民間の、国際的な連関を持つ規格が第三者機関や私的主体のとるべき組織・手続を定めて、安全性に対する公衆の「信頼」を制度化するというコンセプト、そしてこうした規格の具体的内容が一部行政手続の法理と共通していること、を整理できた。来年度は、第1に、今年度に得られた知見をもとに、科学技術に関する行政裁量統制の方法を具体的にモデル化したい。第2に、日本やヨーロッパ諸国の判例を分析して、行政上の行為形式論と行政裁量論とを結びつける理論的な試みを行いたい。ドイツで最近出版された教授資格申請論文が、考察の参考になろう。
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