本研究課題である表現の自由とプロバイダー(ISP)のコンテンツ責任に関する制度をめぐって、日本では、ISPの責任範囲を明確にして免責条件そして発信者情報開示の請求権について規定した、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(2001)が制定されるなど、研究期間中にも法制度整備面で大きな進展がみられた。また、アメリカのメディア法の下では、ネット上の表現活動は、印刷メディア以上に広範な自由を享受している状況にあり、例えば、「通信品位法」のISP免責規定の範囲について、近年の名誉毀損をめぐる不法行為訴訟判決では、免責範囲を拡大する傾向がみられる。他方、著作権侵害の文脈では、「デジタル・ミレニアム著作権法」の下で、一定の場合には削除義務を負うなど、ISP免責の範囲は限定されている。 こうしたISPの責任範囲をめぐる日米間の差異は、インターネットに関する法においては、表現ないし情報の自由の基盤に据えられている理念や価値がストレートな形で現れうることを示唆している。近年の個人データ保護制度について、欧州とアメリカの間では、法的規制・自主規制・暗号やP3Pなどの技術的手段・情報倫理の醸成等の教育面での対応といった措置の組み合わせに大きな差異がみられるように、インターネット利用をめぐる自由と規制のあり方には、自由な言論やプライバシーに関する諸権利の実現における「国家」や「市場」の役割についての「民主主義的統治(governance)」のビジョンが反映されるものである。IT政策の観点からインターネットに関する制度整備が進められている日本でも、制度が仕えるべき憲法的価値について明示的な価値選択をなし、その選択の基礎にある、国家や市場の役割についての「統治」哲学を、全体として深めていく作業が不可欠である。
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