本年度は、ドイツの学説における「規範事実(Normtatsache)」論について研究を行った。 「T→R:S=T:S→R」(T=法的構成要件:R=法律効果:S=事実)という法的三段論法のSに該当する事実は、「包摂事実」と解されている。包摂事実は、当事者によって主張され、争いがある場合には、証明の対象とされる。ドイツの近時の学説では、民事訴訟(とりわけ、過失や信義則などの不特定概念や一般条項の適用が問題となる訴訟)では、包摂事実には該当しない事実がしばしば問題となっているとし、このような事実を「規範事実」と称して、包摂事実とは異なる審理方式を適用すべきであるという議論がなされている。 ドイツの学説は、事実問題ではあるが、社会連関性・規範性を有していることが、規範事実の特徴と理解している。規範事実の具体例としては、商慣習、ドイツ工業規格などの技術規格、技術水準、医療水準などが挙げられている。 規範事実の審理方式としては、弁論主義と職権探知主義との柔軟化(例えば、自白の成立を否定など)が主張されている。また、規範事実について客観的証明責任の適用はないとして、規範事実の確定に必要となる情報の収集・開示について、証明責任の所在とは切り離された行為責任(義務)の分配が主張されている。 過失を規定するドイツ民法典(BGB)276条の立法沿革をみてみると、BGBの立法担当者は、過失の認定にあたって、個々の事案と一般的な取引(社会生活)とを連関するために、一定の規範的判断が必要となることを認識していたことを確認することができた。
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