本年はシンガポールにおける市民社会に関する、資料の収集および現状認識を行うことに力点を置いた。研究計画書でも述べたように、シンガポールの要人の発言等はインターネットによって、かなり体系的に収集することが可能となっている。そこで日々発表される要人の発言を過去に遡って収集し、コンピュータに登録、その上で全文検索システムによってキーワードを抽出し、データベースを作り上げた。その一方で、書籍および論文の収集も精力的に行った。また、3月には実際にシンガポールに渡り、研究者および人民行動党の要人からヒヤリングを行う一方で、シンガポール大学中央図書館を中心として資料収集を行った。 次に現状認識についてであるが、市民社会は決して新しい概念ではないが、近年これほど用いられるようになった背景には、東南アジア諸国の民主化動向がある。政府主導の「民主化」を進めて行く上で、市民社会はこれまでとは異なった、国民を統合する枠組みとして期待されている。つまり、市民社会はこれまでの階層もしくは社会集団(つまり中国人やマレー人、雇用者や労働者、共産主義者や資本主義者などといった単位)すべてを包含する枠組みであり、国民をまるごと取り込むことが可能な概念なのである。この市民社会という枠組みの中で、開発政治体制下で新しく台頭してきた階層と、これまでの社会の構成単位と共生することが期待されていた。しかし、昨年の米国での同時多発テロ事件およびそれに対する米国主導の報復攻撃によって、シンガポールにおいても民族対立や経済的格差などが再びクローズアップされることとなり、シンガポール政府は独立後30余年である程度克服することができたと考えていた社会の対立に対処しつつ、新たな階層にも対処しなければならない、という難しい対応が迫られている。こうした新しい社会動向なども視野に入れつつ、来年度も引き続き研究計画を進める。
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