この研究の目的は、日本の経営者の金銭的インセンティブと企業内部の賃金体系の関係を分析することにある。1980年代以降、日本企業の組織・行動とアメリカ企業の相違点・類似点に関して、多くの実証分析がなされてきた。しかしながら、このような日本の大企業の内部組織や従業員がコーポレート・ガバナンスにどのような影響を与えているのか、また従業員がコーポレート・ガバナンスにどのような役割を果たすべきなのか、ということに関する議論はそれほど多くない。この研究では、経営者の金銭的なインセンティブと企業の内部労働市場の関係を実証的に計測した。経営者の報酬が従業員の利害と正の関係をもつように決定されているのであれば、経営者は従業員の利害をも考慮して企業を経営するインセンティブを持つ可能性がある。もし、経営者の報酬が従業員の利害と正の関係を持っているのであれば、経営者が従業員の利害を重視して企業を経営するという観察と整合的であると考えられる。 この研究における最も重要な結果のひとつとして、日本の大企業において役員報酬と従業員賃金の間に強い正の相関を確認した。推計した全ての計測式において、従業員賃金の係数は統計的に1%基準で有意であり、この結果は操作変数を用いた場合でも用いない場合でも同様であった。さらに、被説明変数として役員報酬の水準を用いた場合でも変化を用いた場合でも同様の結果が得られた。これらのことから、経営者の報酬と従業員の賃金の間の正の関係は頑健であると考えることができよう。この結果は、役員のインセンテイブが企業の内部労働市場に影響されていることを示唆している。
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