ガラス板上に水銀をのせると球形の液滴になる。この現象は、水銀がガラスなどセラミクスに濡れないことを端的に示すものである。ところが最近、液体-気体臨界点近傍では水銀がサファイアに濡れることが、我々のグループの実験により見出された。しかも、この濡れ現象はprewetting transition(前駆濡れ転移)と呼ばれる一次相転移として起こり、濡れ転移固有の臨界点がバルク水銀の臨界点より低温・低圧の1468℃・159MPaにあることが明らかになった。 本研究では上記の研究の更なる発展として、水銀一サファイア系の前駆濡れ臨界点近傍における界面のゆらぎに着目した。界面のゆらぎを直接に検出する手段として、試料からの熱輻射強度の測定を用いた。これは、ある物体からの熱輻射強度に散漫散乱項が含まれていることに着目した測定法であり、本研究代表者自らが考案した方法である。この測定により、前駆濡れ転移の超臨界相において、熱輻射強度にシャープな谷が現れることが見出された。これは、二次元の圧縮率が極大になる領域で、臨界揺らぎが大きくなったためであると解釈される。 また、熱輻射強度に含まれる散漫散乱の断面積は、界面揺らぎの2点相関関数で表されるが、本研究では散乱の波長依存性を測定することにより、界面揺らぎの面内方向への波数依存性を求めた。これにOrnstein-Zernike型の波数依存性を仮定することにより、ゆらぎの相関長や界面の粗さ等を求めた。その結果、臨界ゆらぎが最も大きくなる領域で、面内方向の相関長が数百ナノメートルのオーダーに達することがわかった。これは、濡れ層の厚み(数十ナノメートル)よりもはるかに大きい値である。 以上のように、本研究では濡れ層の揺らぎを実験的に高精度で調べる方法を開拓した。この手法は、我々が取り扱った水銀とサファイアの系以外にも直ちに適用することができる。
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