本プロジェクトでは、スピングラス等のランダムスピン系の臨界現象と準安定状態の性質を研究してきた。特に、準安定状態の影響が顕著に現れるのは動的性質である。本年は主にスピングラス系の動的性質を幾つかの異なった視点から研究した。 (1)等方的3次元ハイゼンベルグスピングラスの動的臨界現象 これまでは通常のスピングラス相転移は有限温度では起きず、鏡映対称性だけが自発的に破れるカイラルグラス相転移が起きると考えられてきた。実験的に観測されるスピングラスはこのカイラルグラスが異方性の効果で現れるとする描像と整合していた。しかし、最近、有限温度スピングラス転移の可能性が再び議論されてきている。我々は今回あらためてこの模型の臨界現象を動的な側面から調べ直してみた。これまで調べられていなかったカイラルグラスの動的相関関数も同時に調べることで、スピングラス臨界現象と詳しく比較した。我々の動的有限サイズスケーリング解析の結果から、スピングラス転移温度がもし起こったとしても、カイラルグラス転移温度よりも有意に低いことが明らかになった。これは、先の相転移描像において、大変重要な点ある。 (2)スピングラス描像の液滴描像の拡張 実験的にスピングラスが観測された当初より、磁場中冷却磁化と零磁場冷却磁化との大きな履歴はスピングラスの特徴的な非平衡現象としてとらえられてきた。一方で、その理由は、平衡状態の平均場理論の結果からの類推する議論しかなく、必ずしも明らかではなかった。また、スピングラス描像の1つであるドロップレット描像の枠内ではこの問題に答えることはできなかった。我々はモンテカルロ法によるエイジング数値実験を行い、非平衡帯磁率を詳しく調べ、ドロップレット理論の定量的な検証を行った。動的な相関長を基礎とする様々なスケーリング解析より、ドロップレット理論と整合する多くの結果を得た。一方で、線形磁化率に異常な応答が準平衡時間領域とエイジング領域のクロスオーバ領域に存在することがわかり、これが先の履歴と関係していることが明らかになった。この異常な応答は、元来のドロップレット理論では考慮されておらず、その拡張の必要性と物理的な原因を議論した。
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