大気中のメタンは二酸化炭素に次いで重要な温室効果気体であり、産業革命以降の人間活動の活発化によって濃度が急激に増加していることが知られている。大気中メタンの現在の収支を明らかにするため、これまで主に大気中メタン濃度の観測が行われてきたが、地球表層におけるメタンの放出源が多岐にわたっていること、及び大気中のOHラジカルとの反応でメタンが消滅することなどから、濃度観測のみからは収支の推定が困難であると考えられる。本研究では、メタンの放出源や消滅反応に関する情報を持つ、メタンの炭素同位体比(δ^<13>CH_4)の精密観測を日指して、現有のガスクロマトグラフ質量分析計の改良を行ってきた。その結果、従来のδ^<13>CH_4分析に必要であった空気試料量の約1/100である50〜100mlの試料を用いて、δ^<13>CH_4値を従来法と同程度の精度(0.04-0.08パーミル)で精密分析可能にするシステムの開発に成功した。本システムを用いて、北極・ニーオルスン観測基地(北緯79度、東経15度)で採取された大気試料、及び過去にニーオルスンで採取されその一部を保存していた大気試料のδ^<13>CH_4分析を行い、1999年7月から2003年3月までの時系列データを得た。ニーオルスンにおけるδ^<13>CH_4は明瞭な季節変化を示し、9-10月に最低値、6月に最高値が観測された。これは、メタン濃度の季節変化(7-8月に最低値、11-1月に最高値を示す)と明らかに位相が異なっており、それぞれのメタン放出強度の季節変化に位相差があることに加え、夏期にOHラジカルとの反応によってメタンが消滅する際の同位体分別を反映していると考えられる。本研究で得られた約3年半のδ^<13>CH_4時系列データから、不規則な経年変動の存在が示唆された。このことは、地球表層でのメタン循環が年々変動していることを示しているが、結論を得るためには更に長期間の高精度データを蓄積する必要がある。
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